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刹那に

「くそっ!!」
バキン!と音とともにクリートでペダルに固定された右足を外し、
膝を曲げ構える。
左足を地面につけて、ロードバイクを斜めにドリフトさせているが勢いが止まらない。
目の前に斜めに止まったクルマのドアが近づく。
サイドウィンドーからは、悪意に満ちた笑い顔が見える。
そして、俺はそのドアめがけて右足の蹴りをくりだした・・・。


本当に1ヶ月ぶりで天気がいい休日だ。
気温は低く風は強いけど、昨日、風呂上りに載った体重計が体脂肪率14%と、
この頃の怠慢さを責めていたので走ることにした。

久しぶりに日光の下で見るロードバイクの派手な赤が目に沁みる。
パキンという音とともにペダルにクリートをはめる。
この自転車のペダルはスキーやスノボのようにシューズが固定されるのだ。

空気が冷たすぎて風の当たる顔が痛い。
大体、自転車とは言ってもロードバイクなら、
初心者の自分が走っても本気出せば平地なら時速40km以上は出せる。
道のアップダウンにもよるけど長い距離走っても平均時速25kmはカタイ。
そのスピードでこの気温だ。寒さって凶器になるんだってヘンに納得する。

“さみーよ・・・。何で、こんな寒いのに走るんだろう、俺?”
“俺、『M』じゃないと思っていたのになぁ。”
“ああ、雪が舞っているよ。こりゃあ、引き返したほうがいいなぁ・・・”

最初の5kmはいつもこんなふうに帰る言い訳を探してしまう。
そういえば、学生時代、武道をやっていたときも部室に行くまで
サボる言い訳を探していた気がする。
自転車で精神的にタフになりたいって思っていたけど、
そんなのは自分が自転車を買うための口実でしかなかった。
この歳だし、基本的性格は変わるわけは無いって。

ただ、部活の練習が始まると、身体の隅々まで意識を飛ばし
相手を倒すという目的のためだけに動き出すのが快感だった。
自転車も同じで脚が回りだすと、妙に気持ちがハイになり、
ただひたすら走り続けたくなる。

国道のシングルナンバーを隣の市まで南下して、
そして街の東側を通るバイパスへ抜けて北上をする。
自転車は軽車両の扱い。意外と知られていないけど車道を走るのが原則。
片側3車線の一番左側を遠慮のカタマリって感じで
足の回転数を一定に走り続ける。
きれいな舗装の道をひたすら走っているときは気持ちいいんだけど、
意外と暇なものだ。
脈絡無く、いろんなことが頭をよぎる。

“この前行った韓国焼肉屋のチヂミは旨かったなぁ・・・。あ、店員の女の子も可愛かったな”
“幹事をやった一昨日の飲み会の請求幾らだったんだろう?”
“『ツマンナイ』『セツナイ』って期待しているからの感情なんだなぁ・・・。”
“期待が無くなるって平穏な心のままですむんだな。”
“ページェントのとき、手をつないで歩くの幸せだったなぁ。”
“あ、来週『スウィーニー・トッド』行くんだっけ。”
“いつも行く床屋のマスター、
『スウィーニー・トッド』に影響されたらって言ってたな・・・。ヤバイって”
“絶対って、永遠って、ありえないってあらためて思わなかったな。”
“当たり前すぎて、考えるのもアホくさいし。”
“いつまで薬効くんだろ?”
“刹那主義で生きれたらなぁ。”
“でも、俺って幸せだな。好きなことやって。・・・いま、死んでもいいかも”


「Curtisって、なんか死にたがっているよね。なんで?」
フラッシュバック。
大学時代、彼女との会話を思い出していた。
「あ、そうかも。」
「うん、喧嘩とか無茶無理しすぎだって。」
「そうだなぁ。でも、小学生のとき、
身体から解き放たれた自由は死しかないって思っていたなぁ。」
「それって、自由になれない気がする。自分を殺したりしたら。」
「だから、自分から死なないけど、自ら近づくのかも。」
「なんで?」
「わかんねぇ・・・。
 何も自分の力で変えられないし、そのわりに変わらないものが無さすぎるからかなぁ。
 絶対とか、永遠とかって嘘だもん。」
「センチメンタルすぎる。」
「そうだよね。でも君ともいつまで一緒にいられるかわかんない。」
「・・・そこから間違っているって。」


と、後ろから爆音が近づいてきて我に返った。
チラッと振り返ると、真っ白のミニバン。
車高もペタペタに下げている。
運転席も助手席もいかにも馬鹿っぽい野郎だ。
隣の車線を追い抜いていくが、こっちを見ている気がした。
いまどき流行んないスモークを貼ったウィンドーから後ろには女の子たちがいるようだ。
気にしないで、一定の回転数を心がけて脚を回す。

そのミニバンがスピードを落とす。
この道では他のクルマの障害物といえるような感じで隣の車線のまま横に並んできた。
自転車に乗り始めて知ったのは、街中を走っていると
こちらに気付かず車線変更してくるドライバーや、
自転車は歩道を走れとクラクションを鳴らす奴が結構多いことだ。
また、こいつらも同じか・・・?

助手席の男がウィンドーを開け、
「邪魔だろうがよ!チャリは歩道走れよ!」と叫んでくる。
・・・やっぱり。
放っておくのが一番だろうが、冷笑とともに、ビッと右手の中指を立てる。

「ざけんな、こらぁ!」
助手席の野郎は騒いでいる。
こっちはいつも隠していた血が騒ぐ。
が、向こうのほうが、手が早かった。
ミニバンは急ハンドルを切り、こちらの前に切り込んでくる!
左のガードレールとの間を完全に閉じられた。
「くそっ!!」
咄嗟にブレーキを握り締め、左足をペダルから外して地面に足をつき
ロードバイクを斜めに倒してドリフト状態。
止まらない勢いのまま右の足をペダルから外す。
こんなパニックで左も右もシューズが外れたのは奇跡に近い。
脚を身体に引き寄せてから、思いっきり伸ばしてドアに蹴りを入れる。
そのままスライディングのように地面に倒れる。

“ちくしょう・・”と頭にきて立ち上がると、
ミニバンは倒れた俺に驚いたのか急発進して逃げていく。

「てめー!逃げんな、こらぁ!」
叫んでも、相手はもう彼方だ。
身体はなんとも無い。
バイクも傾いてから倒れたんで、傷も無い。
周りの目に恥ずかしくなって、すぐに跨ると走り出した。
確実にドアを凹ませられたはず。
奴らにもう遭遇したくなかったんで、ルートを街の中に向かって進む。

走りながら、頭から血が引いてくると、あることに気付いた。
クルマに蹴りを入れる刹那。
“死んでたまるか”って思ったことを。

ツマンナイ人生でも、まだ生きていかなきゃいけない。
期待しているんだ。この歳でも。
by curtis_01 | 2008-01-20 20:50 | 自転車
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