月かげにわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとやみむ
壬生忠峯
月影にわが身を変えることができるなら、
つれないあの人も愛おしいと見てくれるだろうか。
仕事帰り。
西の空には微かに夕暮れの後が残る時間。
立ち並ぶビルたちが青く薄く照らされている。
クラクションが響いてくる。
ビルの合間から見える盃のように細く輝く上弦の月が、
地球照で丸く黒に縁取りされている。
“ああ、自転車に乗りたいな。”
風邪で体調が悪く、早く帰ってきたのにそんなことを考える。
家に着いて、点けたガレージの照明は
01とオモチャ箱のような空間を照らし出す。
壁際のGTのBMX、SURLYの“Cross-Check”、
UAのMTB“33rpm”が軽い輝きを見せる。
33rpmのスタンドを外す。
茶色の車体を静かに引き出す。
白い息を吐き、ペダルを踏み込む。
国道を走るクルマのライトが
連なっているのに向かっていく。
しばらく走った後、停めた自転車に跨ったまま、空を見上げると
大きくオリオン座が、牡牛座に立ち向かっている。
西の山並みはもう暗闇の中だ。
そよと吹く冷たい風の中、月と星を眺める。
月を眺めるように自分を見てくれる、
そんな仲間たちが周りにいることをありがたいと思う気持ちが溢れてくる。
しばらくして、すうっと息を吸い、また車輪を暗い道に向けて漕ぎ出した。