「ほっ」と。キャンペーン

枝垂桜。

ふぅ・・・。

坂の頂上近くの病院の脇を過ぎる・・・。あと少し。
自転車・・・ロードバイクで一気に坂を上ってきた。
すでに脚はパンパン。
呼吸は苦しい。何度も足を地面に着きたい衝動に駆られていた。
公園の入り口。自分の中のゴール。
ビンディングペダルで固定されていた足をひねって外す。

“これくらいの坂で息が切れるようじゃダメだなぁ・・・。”
ハンドルについているサイクルコンピュータでタイムを確認する。
レースを目標にトレーニングしているというのに、このタイム・・・。
思わずため息が出る。

北のこの街は、今がちょうど桜が見頃。
桜の名所というわけじゃないこの公園にも花見に人が出ている。
真っ赤な細身のロードバイクを押して公園の中を進む。
桜よりもお互いを見つめあい歩いているカップル。
ベンチに座って桜を見上げている老夫婦。
広げたビニールシートの上で酒宴を開いているグループも彼方此方にいる。
のんびりとしながらも明るく、みんなが微笑むような空気が漂っている。

一本だけ離れている枝垂桜がある高台のところまで来た。
花はほぼ上のほうまで満開になっている。
いつも思うんだけど、桜は、それだけが周りの景色、
空気から浮き立って特別な存在に見える。
ロードバイクを傍らに手すりの向こうに広がる街を眺める。
眼下から風が舞い上がる。
枝が揺れ、花びらが流れる。
風がミントの香りのように、火照った身体を冷やしてくれる。

“ん・・・?”
桜を見ようと振り返ったら手すり沿いの向こう側。
大きな声じゃなくっても、声を掛ければ届くほどの距離。
長いストレートヘアの女性が枝垂桜を見上げていたのが視界に入った。
スレンダーなからだつき。その細面の横顔には幸せそうな笑顔が浮かんでいた。

すっ、と彼女が顔をこちらに向けた。
あわてて視線をそらす。
何も悪い事していたわけじゃないのに、ドキッとする。
“あれ?どっかで会ったような・・・。”
もう一度、そっと見ると、彼女はまだこちらを見ていた。
怯みながらサングラス越しにこちらも見返すと、

「今年も来たんですね。」
「え?」
『どっかでお会いしませんでしたか?』なんてドラマじゃない限り
滅多に使わないセリフを言おうとしたのに、彼女からの先制攻撃。

「去年の花見は自転車じゃなかった。」
「なんで、それを・・・、あれっ?!」
「そう、去年もここで。」
「すごい偶然だね!」
「・・・うん、そうね。」
そう、去年オープンカーで花見ツーリングの途中に
この公園に来たのだ。
その時に、この木の下で彼女に会った。
桜の美しさを称える会話。それだけで別れていた。

「でも、この格好なのによくわかったね。」
「うん、まあ。それにすごく痩せたのね。自転車でダイエット?」
「ダイエットってわけじゃないけど、
自転車ばっかり乗っていたら痩せてきちゃった。」
「あははは。健康的ね。」
笑いながら、彼女は言う。

「それにしても、相変わらず今年のこの桜もきれいだねぇ・・・。」
「なんか年寄りみたい。」
ぷっと吹き出して笑う彼女。
「君と違って、もう年寄り。」
「ええ?またまたぁ。」
「だから、桜見て“ああ、あと何年見れるかなぁ”って思うんだよ。」
「・・・ふーん。」
うなずきながら、急に彼女を取り巻く空気が変わった気がした。
「どうかした?」
「ううん。」
彼女は、足元を見ながら首を振る。
その足元には桜の花びらが散っている。

わあぁっと、酒宴を開いているグループから笑い声が上がる。
「にぎやかだねぇ」笑いながら言う。
「でも、なんかお祝いしてるみたいでいいね。」
「お祝い?」
「うん、また今年も桜に会えたお祝い。」
「ああ。いいなぁ、そのお祝いっていうの。すごくいい言い方だね。
俺も、また君に会えたお祝いしたい気分。」
「うまいわねぇ。」
彼女は、あきれたように横目でにらんでくる。

「でも、なんかいいね。年に一回、桜咲くときに偶然会って花見なんて。」
「・・・実はね。あなたの事はずっと見てたの・・・。」
「はあ?どこで?」
「ここで。」
「ここ?」
「毎週、日曜の午前中に、雨さえ降らなきゃこの坂を上ってきてたでしょ?」
「うん、苦手なヒルクライムのトレーニングでね。」
「それを見てたの。最初はこの桜の下で会った人だとは思わなかったけど、
 一度、ヘルメットじゃなくってキャップ被ってきたのね。
 そのキャップに見覚えがあって。ああ、すごいなぁ、うらやましいなぁって思ってた。」
「なんだ、声掛けてくれればよかったのに。」
「ダメ。私はこの桜の精で、花が咲かないと姿を見せられないの。」
「えぇ?」
「嘘よ。ちょっとね、事情があってね。声は掛けられなかったの。」
「そうなんだ。」
「でも、今日は日曜だし、会えるかもって期待していたの。」
「マジで?それって、うれしいね。」
「でもね、今日であなたを見かけるのも、おしまい。」
「なんで?寂しいこと言うじゃない。」
「ほら、桜の花びらの散りゆく先がわからないようにって、昔の人が言ったように
これからは遠いとこに行くことになっちゃったの・・・。でもね、これでずーっと自由よ。」
「なんかうらやましいのは俺だったりして。」
「ううん。あなたが走り回っているほうがうらやましいわよ。」
「そうかなぁ?」
「うん。絶対そう。」
「じゃあ、せめて来年ここで会わない?」
「来年?」
「うん、開花宣言の次の日曜とか。」
「ああ、そうしたかったなぁ・・・。」
「そうしよう?再会のお祝いできるように。」
「うん、あなたが気付けば。」
「気付くよ。」
にっこり。彼女は本当にその表現が合う笑顔で笑った。
「じゃあ、私は行きます。」
「うん。また来年。」
「・・・さようなら。」

遠ざかっていく後姿。
と、強い一陣の風が吹いて花びらを散らした。
視界が桜色に覆われる。
花びらが地面に舞い降りたとき、彼女の姿は無かった。


公園の出口に戻り、ロードバイクに跨る。
ビンディングペダルに足を固定し、坂を下り始める。
一瞬、何故か誰かに見られている気がして、思わずブレーキを掛け止まった。
視線があった気がしたほうを見る。
青い空をバックに白い病棟が・・・。

ああ・・・と悟った。
もう二度と彼女には会えないんだと。
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by curtis_01 | 2008-04-12 21:53 | 徒然草
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