「ほっ」と。キャンペーン

女友達。

エントランスホールで部屋番号を押す。
「いらっしゃい。」彼女の明るい声とともに大きなドアのロックが外れた。
エレベーターに赤いクロモリのロードバイクとともに乗り込む。
彼女の部屋の前に着き、呼び鈴を押すと、直ぐにレイコは出てきた。
長い髪を後ろでまとめて、薄く化粧をしている。
生成りのニットセーターに、穿き古したジーンズ。足は素足だ。
そのシンプルなスタイルが細身の身体によく似合っている。

「・・・・自転車で来たの?!」
「いや、クルマだけど・・・。」
「じゃあ、何で自転車持ってきているのよ?」
「だって、クルマの中に置いていて盗まれたら嫌じゃん。」
「ここに持ってこないで部屋に置いてくればよかったでしょ。」
「明日起きたら、そのまま自転車をクルマに積んで何処かに行こうと思ってさ。」
「んもう、相変わらず子供なんだから。わかったから入りなさいよ。」
その言葉にありがたくロードバイクを持ち上げて玄関を入る。
さすがに自分の部屋でやっているように、部屋の中をそのまま押して歩くのは
気が引けるほど綺麗なフローリングの床だ。

手にしていた袋を渡す。
「はい、これ。」
「ヴーヴ・クリコとローヌ地方のワイン。ワインは良いの選んできたわね。」
「ショウコは?」
「中にいるわ。」

ダイニングとリビングがオープンに繋がっているスペースに入っていくと、
ソファーにもたれかかって、長いグレーのスカート、ブラックのカシミアのセーターで
手にはシャンパングラスの女性がいた。
「もう飲んでいたのかよ。はやいよ。」
「あんたが遅いの。何よ、その赤い自転車。」
「うん、明日起きたらそのままクルマに積んで、どっか行こうかと思ってさ。」
「つーか、部屋に持ってくる?」
「あ、俺のアパートの部屋、3台のバイクでいっぱい。」
「馬鹿だよね、確実に。人の部屋まで持って来ないわよ、普通。」
「クルマの中に置いて盗まれたら嫌じゃん。」とレイコに言ったのと同じ事を言う。

そのやり取りを、オープンキッチンで聞いていたレイコが笑いながら言う。
「あれだよね。いつもぬいぐるみとか、毛布とか手放さなかったちいさい子供。」
「そうそう、取り上げようとするとすぐ泣く子供よね。」
「うるさいよ、お前ら。」
笑い、やっぱりこいつらには敵わないと思いながら、壁にデローザをもたれ掛け、
着替えの入ったバッグを置く。

「あれ、ショウコ。ミウちゃんは?」彼女には高校2年生の娘がいる。
「ああ、私の実家に行ってるよ。大丈夫、親思いのしっかりした子なんだから。」
「親に似なくてよかったな。」
「うるさいわよ。離婚してからきちんと育てた私の勝利だね。」
「おいおい、おまえが手を掛けなかったからだろう。ミウちゃんに会いたかったなぁ。」
「ますます可愛くなったんだから。
 あなたみたいな不良中年に会わせられるわけが無いでしょう。」
とレイコが言う。
「酷い。」この一言でみんなが笑う。
ショウコが離婚の後、一人娘との生活を守るために必死に仕事をして、
ミウちゃんを大事にしていたのは、レイコも俺もよく知っている。
特にレイコは当時、2日と間をおかずにショウコの家に行ってミウちゃんの面倒を見ていた。
その所為で、ミウちゃんは今も「ショウコママ、レイコママ。」と二人を呼んでいるくらいだ。

「それにしても、レイコも離婚とはね。」言葉とは裏腹に明るい声でショウコが言う。
「しょうがないわ。愛せない男と一生いられないもの。あ、Curtis、手伝って。」
料理をテーブルに並べながら、レイコは言う。
「ああ。」雲行きのあやしい話なだけに素直に立って料理を運ぶのを手伝う。
大体、ショウコはこういうときは動かない。
「それはわかるぅ。もう無理だよね。でも、あなたは子供いないし、これから別の男よ!
 あ、Curtisのほうはどうなのよ?」
「何が?」やっぱり振ってきた。
「何がって、別れ話が出ているんでしょ?奥さんと。」
思わずレイコを見ると、
「ごめん。しゃべっちゃった。」舌を出し、片目を閉じて謝ってくる。
ため息をつくと、
「何が原因よ?女?それとも道楽ばっかりでかまわなかったせい?」
と、ショウコは追求してくる。
「うっさいなぁ。ほっとけって」
「まあ、夜は長いからね。」どうやらショウコは一晩かけても喋らすつもりらしい。
「おまえは自分が離婚したときのことは俺に教えなかったよな。」
「まあまあ、二人とも乾杯しよ。」とレイコがシャンパングラスを渡してくれる。
「ショウコ、Curtisがもう一本シャンパン持ってきてくれたからね。」
「とーぜん。知り合った頃、女の部屋に行くときは手土産を持って行けって
 教えたのは私だもんね。」
「古い話を覚えているなぁ・・・。」思わず苦笑いしてしまう。

昔馴染み。
俺が浪人していた頃、たまたま知り合いの飲み会で会ったのが最初。
ショウコとレイコとは気が合い、今までよくつるんでいた。
俺が家庭を持ってからは、会うといってもたまにだが、
年に1回ぐらいは離婚してからのショウコのマンションにお泊りとかで、
3人で徹底的に語り明かすのだ。
今回は離婚したばっかりのレイコを励ますという口実で
ショウコからレイコのマンションへ招集がかかったのだ。

グラスにシャンパンが満たされた。
「それでは、バツイチトリオにかんぱーい!」
「ショウコ。俺はまだ別れていないって。」
「直ぐ直ぐ!」レイコも図に乗ってくる。
「んでも、そこまで髪がさみしくなってから、女を作るのは大変よ!」
「ブルース・ウィリスだって、こんなもんだろぉ。」
ショウコはその会話で爆笑している。
駄目だ。既に半分空いたボトルが語るように、二人はハイだ。
その後は、いつものとおりレイコの料理とお互いを酒のつまみに大笑いの飲み会となった。


深夜1時。
「先に悪かったわね。レイコ、お風呂入ったら。」
髪をタオルで拭きながらショウコがバスルームから出てきた。
「うん。じゃあ、入るわ。」
既に片づけを終わらせて、コーヒーを出してくれていたレイコが答える。
「ショウコ、コーヒーはここね。」
「ありがと。」

先にシャワーを浴びていた俺はソファーの前の床に座って、
持ってきていたMTBのDVD“ROAM”をリビングの大きなTVで見ていた。

「これに出ている自転車は、今日持ってきたのとは違うのね。」
コーヒーを片手にソファーに座りながらショウコが言う。
「うん。このDVDはMTBのヤツ。持ってきたのはロード。両方好きなんだ。」
「ふーん、わかんない。」
「おい。」笑ってしまう。
「相変わらず好きになるとのめり込むわね。それで奥さんに厭きられたと。」
「そんなんじゃないよ。・・・会話がなくなってね。」
「道楽ばっかりで、家に居ないせいね。」にやりと笑いながらショウコが言う。
「そうかもしれない。会話の多い少ないが心の距離なのかも。」俺は苦笑いだ。
「駄目になりそうなの?」横目でこっちを見ながらショウコは言う。
「わかんない。日曜だけは家に帰るようにしているけど、会話は無いし。」
「別れてレイコと付き合っちゃえば?」
「どっから、そうなるんだよ?!」
「だって、二人とも気があるでしょ?昔から。」
「・・・無いって。」
「嘘つき。」
「嘘じゃないって。仲のいい友達だろ、この三人は。」
「嘘つき。」
「おまえなぁ・・・。俺はまだ妻帯者。レイコには、きっといい男が見つかるさ。」
「やせ我慢が男の身上?」
「もう、いいから。ところでおまえは彼氏とは?」
「お、反撃?上手くいっているよ。ミウも知っているし、三人で出かけたりしている。」
「それは良かったな。今度は幸せにな。」
「うん。人のことより自分のことを、よ。」
「俺はひとりでいいね。」
「そんなこと言ってぇ。・・・レイコもそう言ってたわ。」
「・・・それについて、なんて言えばいいわけ?」
「“レイコと付き合う”って。」
「もう止めよう。」
ショウコはため息ひとつ。額に手を当てて首を振っている。
その後は、ミウちゃんの新しい彼氏の話、会社の話と他愛の無い話になった。

「ああ、さっぱりした。」とレイコが出てきた。
「それにしても、私がスッピンでいられる男ってあなたくらいだわね。」
俺を見て失礼なことを言う。
「そういえばわたしもそうだわ。」とショウコも笑いながら言う。
「ああ、男として見られていないんだぁ」と俺は泣き真似をする。
そこでまたみんなで笑う。

いつか自分がこのうつつを去る時、
きっとあの日は良く笑ったなと思い出すような一日だった。
[PR]
by curtis_01 | 2007-12-09 23:57 | 徒然草
<< a man and a woman 雪に願う。 >>