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狐の嫁入り

ディスクブレーキの音。
フロントのショックが沈みこみ、MTBの33rpmが止まる。

小さな神社の境内。
公孫樹の樹が昔ながらに佇んでいる。
祖母の家の裏にあるこの神社に来たのは、
数年前祖母が亡くなってから久しぶりだ。

子供の頃、そう、東京ではマクドナルドの店舗が出来始めていたけど、
この田舎では、冬に木材を運ぶ馬ぞりが、見られたような頃だ。
その頃の僕は、両親が共働きということもあって、
学校が終わるといつも祖母の家に預けられていた。
夏休みや、冬休みともなると、子供ながらにも、
自宅と祖母の家を往復するのが億劫で、ずーっと祖母の家に泊まっていた。

子供の頃の自分は、放っておけばアフロヘアになってしまう天然パーマと
いつも女の子に間違われるくらいの色白の所為で「外人」のあだ名を付けられ、
その呼び方をした相手を喧嘩で徹底的に打ち負かすという勝気な性格で友達は少なかった。
そして境内で遊んでいる子供達とは反対側の拝殿、本殿裏にひとりでいたのだ。
遠くに聞こえるにぎやかなみんなの歓声とは別に静かな境内の事柄を見ていた。

夏の朝、霧のかかる中、拝殿脇で息を殺し隠れて御神木を見ていると、
丸い小さなモノが現れ、樹を上に下にと動きはじめる。
餌を運んでいるリスだ。
尻尾を丸くしたリスの可愛らしい仕草に夢中になって眺めていた。

この拝殿からご神木のあたりは、蝶の通り道、「蝶道」になっているらしく、
昼、木陰で暑さをしのいでいるとクロアゲハやキアゲハが
ゆっくりと空気というものに漂いながら通り過ぎていくのが見えた。
そんなことを、他の奴は知らないという小さな優越感を楽しんでいた日々だった。

今日、この場所に来たのは、とあるブログで“狐の嫁入り”の話を読んで、
そんな昔のとある暑い夏の日のことを思い出したのだ。

その日、いつものようにみんなは境内の広場、僕は拝殿裏にいたときだ。
突然、空気を切り裂く硬い獣の声が響いた。

“狐だ!”

反対側の境内にいる子供達にもそれは聞こえたようで、
一瞬の静寂の後、悲鳴が上がる。

「狐だ!」
「狐よ!」

そして、慌しい軽い足音が響く。
みんなの声が消えた。

散り散りに逃げ帰ったらしい。
小学生にとって狐も狸も人を化かすわけがないと解っているのに、
日常からかけ離れた異物には恐怖が優先するのだ。

その間も狐の声は響く。
周りの木々に反射して、何処から声がしてくるのかわからない。
すると、空は晴れているのに静かに雨が降り始めた。

“狐の嫁入りだぁ。きっとこの声は、嫁入り行列の合図だったんだ。
あの話って本当だったんだな。”
狐の声の怖さより、リスや蝶道を見つけたのと同じワクワクする気持ちで逃げるのも忘れて、
御神木の木漏れ日に雨粒がキラキラと綺麗に反射している様を見つめていた。

「虚空君?」
やさしい静かな声が後ろから掛けられた。
思わず、ビクッとした。

狐か何かかと恐る恐る振り返ると、
そこには、大好きだった遠縁のお姉ちゃんの姿があった。

「あれぇ?けいこねえちゃん?どうしたの?」
その瞬間、狐の声より大好きな彼女のほうが僕の中では優先した。
彼女の実家は元々この町から離れた町にある。
そのうえ、ついこの前結婚してさらに遠くの町へ嫁いだ。
彼女が祖母の家に結婚の挨拶に来たときに
新郎となる相手に心の中で呪詛を呟いたのを覚えていた。

「うん、お盆が近いから実家に帰ってきたの。ついでにお婆様にご挨拶に来たのよ。」
「そっかぁ。あ、旦那さんは一緒なのが?」
やはり、子供ながらに気になるところはそこだった。

「ううん、あたしひとりで来たの。ところで虚空君はこんなところで何しているの?」
「あ、おねえちゃん、さっきから狐の声がしてさぁ、そしたら雨が降ってきてさ。」
「狐の嫁入りね。」人差し指を立てて片目を瞑り、けいこおねえちゃんは応えた。
「うん!」
と、次の瞬間視界が消えた。

真っ暗闇の中、何処からか声が聞こえた。
「暑い中だもんで、のぼせたかねぇ。」祖母の声だ。
「ああ、御神木の下の根のとこで寝てたわぃ。」
そこで目を開けると、祖母の家の僕が使っていた客間に
布団が敷かれ氷枕を頭の下に寝かされていた。

「お、クニさん。虚空が目を覚ましたぞ。」
「これ!暑いときは気ぃつけろっと言ったべ。」
枕元には、祖母と隣の爺さんが座っていた。

「あれ?けいこおねえちゃんは?」
「はあ?何、言ってんのや?」
祖母は呆れた顔で言う。
「さっき、来てたべ。」
「いづや?来てねぇって。」
「さっき神社に来たべや。」
そっちこそ、何言っているって怒って言った。

「・・・狐にでも化かされたが?」
爺さんと祖母は顔を見合わせ笑いだした。

そこで電話が鳴った。
祖母が茶の間に、やれやれと言いながら立っていった。

「虚空。ウチの明美が神社で狐が鳴いていたって慌てて帰ってきたから、
それで神社に行ってみだんだ。
そしたら、御神木の根っこで寝ていた、おめえを見つけたんだ。」
と、爺さんが言っている。

そこにふらりと顔の色を無くした祖母が戻ってきた。

「ん?なんじょした?クニさん・・・。」
ただならぬ雰囲気に、爺さんが声を掛ける。
「・・・虚空が言ってた景子が、今亡くなっただ・・・。」
「なぬっ?!」

二人の目が気味悪そうに僕に注がれた。

僕は、さっきのけいこおねえちゃんの姿があまりに鮮やかすぎて、
この二人こそ狐で、僕を化かしているんじゃないかと疑っていた。



今、昔と違うのは、あの時リスがいた本殿裏の大きな杉の御神木が失われていることだ。
数年前の夏の落雷とともに焼失したのだ。
それからというもの、
あの日、僕にけいこおねえちゃんを見せてくれた、“何か”の気配も無くなった気がする。
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by curtis_01 | 2007-12-02 21:16 | 徒然草
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