さくら 逢魔が時

朝、起きてテレビをつけると、眼鏡をかけユーモラスな風貌の気象予報官は
昨日の好天をもたらした高気圧が東の海上に抜けて気圧の谷が近づき、
明日は雨になるだろうと話していた。
気象予報図では大陸に次の高気圧があり、これが近づけば明後日は風が強くなるだろう。
今日が今年の桜を綺麗に見ることができる最後かもしれない。
新幹線通勤をやめ、01で満開の桜を見ながら会社に行こうと決めた。

ガレージで暖気の間に幌を開け、走り出す。
家から高速のインターまでは20分少々。
桜が何十本も植えてある小高い丘の脇の道や、
小川沿いに桜が植えてあり、まるで桜の花のトンネルになっている道を
選ぶようにゆっくり走る。
弾ける様な軽やかな排気音が心地よい。
高速道路でも、道脇に桜並木になっているところ、
はるか向こうに霞んでいる桜の塊を見つけては口元に笑みが浮かぶ。
このささやかな贅沢を味わいながら仕事に向う。

仕事は、休日明けだというのにそんなに忙しくない・・。
桜のおかげか?珍しい事もあるものだ。
終業時刻になると職場の皆も帰り支度を始める。
午後5時半、外はずいぶんと明るい。日も長くなったもんだ。

駐車場で幌を畳みながら、このまま桜を見物しながら帰ろうと、
記憶の中からなるべく静かな場所を選ぶ。
この時間は逢魔が時というのを思い出し、
まだ早いと思ったがライトをつける。交通事故の一番多い時間だ。

街中を抜け、国道のシングルナンバーから大きく外れ、
営業車がよく通る山際の程よくワインディングになっている道へまわる。
道幅は広く空いている。
気持ちよさに、ほんのちょっとペースを上げる。
この道からもさらに外れた山のほうにある公園だ。

この季節、休日には家族連れが花見に来ているが、
この周りには人家はなく、まして平日の夕方だ、駐車場にはクルマが一台もない。
貸切状態で花見とはついている。オープンのままクルマを降りる。
駐車場から広場まで、桜並木の坂になっている。

ゆっくりと桜を愛でながら広場に向う。ここには桜の大木がある。
見事に満開で、周りの空気も桜色に染まっている気がする。

「風にちる花のゆくへはしらねども をしむ心は身にとまりけり」
西行の和歌が浮かぶ。

暫しこの素晴らしい桜を見上げて、古人たちが歌に歌った心持は
このようにしみじみとしたものだろうかと物思いに耽る。

ふと、視線をおろすと白っぽい軽やかなハーフコートに
薄いピンクのスカートの20代ぐらいの女性が桜の木の右にいた。
全然気付かなかった。
ずいぶんと夕闇の迫ったなか服の色の所為か、
ふわっと彼女が浮き上がっているように見える。
彼女も桜を見上げていたが、
自分の視線に気がついたのかこちらを見た。

視線が合う。

なんとなく軽く会釈すると、彼女もふっと笑い、会釈を返してきた。
「綺麗な桜ですね。」と声を掛けた。
「ええ」と彼女は答え、また桜を見上げて
「一年の中で、一番この季節が好きです。」と言った。

綺麗な人だな・・。

また、自分も桜を見上げると、花の向こうの空もずいぶん暗くなっている。
そろそろ帰ろうと思い彼女を見ると、いつの間に帰ったのかいなくなっていた。
なぜだか違和感を覚えながらも残念な気持ちで、坂を下る。

駐車場に着き01に乗り込む。
キーをイグニッションに差し込む・・・違和感を覚えた理由に気付いた・・・。

彼女は、何に乗ってここに来たんだ?
駐車場には、このクルマしか無かった。
近くには人家はないし、バスも走っていない場所だぞ。
まして、広場からどうやって消えたのだ?
広場に上がる道は、いま降りてきた一本道しかない。
そしてその道の広場への入り口には自分がいたのだ。

逢魔が時・・・
オープンにした背後から、ふふっと笑い声が・・・・。

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これも、2年前に書いたお話でした。
いやぁ、懐かしいなぁ。
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by curtis_01 | 2007-04-01 11:01 | M2 1001
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