覚むるうつつも

よしさらばあふと見つるになぐさまむ 覚むるうつつも夢ならぬかは      
                               藤原実家

     それならば、あの人に逢えた夢を見れたと慰めよう。
        目が覚めた、このうつつ(現実)も夢のようなものだから。


夢の儚さも、この世の儚さもおなじようなもの。
しっかり生きているという実感が乏しかったとき、そう思えることもありましたが、
今の私にはそんなことはありません。

手のひらに載せた砂がサラサラと指の間から落ちていくように、
自分の時間が過ぎていくと感じてからは、一瞬一瞬が貴重になりました。

家族と過ごしている時間。
自転車に乗って走り続けている時間。
撮りたいものにカメラを向けている時間。
電話をしながら、パソコンに向かって仕事をこなしている時間。
カミサンとクルマで買い物に出かけている時間。
そして、ひとり、寝床で考え事をしている時間。

日常、その全てが貴重。
ガレージに置いてある親友の写真を見るたびそう思う。

この頃、自ら命を絶つニュースが多く流れる。
それが辛い。
もっと、生きたいのに死んでいく、そんな人間もいるんだから。
でも、死期が近いからといって、
他人に甘え、依存する生き方も好きではない。
残る者のことを考えるのが旅立つ者の務めと思うから。
話が逸れたが、子供たちに思うのは死んで欲しくない。

それは祈りに近い思いです。
[PR]
by curtis_01 | 2006-11-16 22:17 | 徒然草
<< 視点。 あるときに。 >>