「ほっ」と。キャンペーン

奇麗好き。

滑り込むようにクルマに乗り込む。
「出せ。」
「…ハーイ。」
運転席の長い金髪馬鹿面の男は吸っていた煙草を開いたサイドウィンドウから捨て、
シフトレバーをドライブに入れアクセルを踏み込んだ。
タイヤの音は鳴らなかったが、急発進といっていい。
私がヘッドレストに頭を打つくらいに。

「あ、すんません。またタバコ捨てちゃいました。」
私は自分でも気付かないで見ていたらしい。
奴はこっちを向いて舌を出し、これっぽっちも反省のしていない笑い顔で言う。
ひとつ前の仕事から、クルマを出してすぐに煙草を捨てたのを静かに咎めた時、
「人殺すよりはいいでしょ?」とねめつける様な視線で言い放った奴だ。
その後、これで3回目だ。わざとやっているのが解る。

「いや、いいんだ。」
「あれ?機嫌良くないっすか?やっぱ、仕事終わったカイホーカンってヤツですかね?」
「ああ、そんなトコだ。」

これで依頼されていた3つの仕事、全てが終わった。
クライアントから“好きに使っていい”と派遣されていた、
この馬鹿面とも今日でお別れだ。

全然方角の違う街であらかじめ調べておいた
カメラの無い、そして放置しても目立たない場所に停めていた
クルマに乗り換える。
今度はドイツ製左ハンドルのセダンだ。
この頃は銀行や店だけでなく、マンションでさえ
入り口から道路に向かってカメラが設置されている。
物騒な世の中だけに、知らず知らずに人は監視されているってわけだ。

「なあ。」
「なんすか?」
「なんで煙草を捨てるなって言ったか解るか?」
「へっ、街をきれいにしようとかなんとかっでしょ?そんなのアンタが言う‥」
「そんなんじゃないんだ。」頭が痛くなる奴の甲高い声を遮って言う。
「仕事した周りに不審なクルマが止まっていれば、警察はそこで残留品を探す。
 そこに唾液がついた吸殻があったら?」
「はっ、アシがつかねーよーにするために、クソメンドクセーのに
 クルマを乗り換えたんでしょ?大丈夫じゃないんスかぁ?」
「・・・そうだな。」
「でしょ?ホントにオクビョーなんっすねぇ。俺のほうがよっぽど腰が据わってるっつーの。
 ホントにアンタ殺し屋っすか?街歩いていたらフツーのおっさんにしか見えねぇ。」
やっぱり、どう見ても普通のおっさんにしか見えない人間に使われているのが
面白くないらしい。

「じゃあ、何でこのクルマにしたか解るか?」
「うぜぇっすよ。」そう言って奴はカーステレオのボリュームを上げた。
「解った。黙るよ。」
私はポケットから耳栓を取り出し、耳に嵌めた。
隣で奴が、フンと鼻を鳴らしたのがわかる。

「そろそろ最後の乗り換えっすよ。」
デカイ声で奴が言う。

鬱蒼とした林の中。
人も立ち寄らない廃墟と化したリゾートマンションが最後の乗り換え場所だ。
バブルの頃の遺産とはいえ、こんな何もない場所に人が入居すると思ったのだろうか?
おそらくこれを建てた奴も運転席に座っているこいつと同じくらいの脳みそしか
なかったんだろう。

天気予報のとおり雨が降り出してきた。
アスファルトに黒いシミが塗られていく。
廃墟の裏に隠していたクルマがあった。
奴はその脇にクルマを停める。

次の瞬間、上着から抜いたアイスピックを奴の右側頭部に突き刺した。
長く鋭く尖った金属は肉と骨の抵抗を感じさせながら生命活動を奪うために
私の狙い通りの場所に吸い込まれていく。
ハンドルを握ったままの腕は真っ直ぐに伸び、体全体が2度痙攣し動かなくなった。
直ぐにブリーフケースから今回の仕事で使っていたサイレンサー付きの拳銃を取り出し、
奴の利き手の右手に握らせる。慎重に抜いたアイスピックをブリーフケースへ入れ、
奴の手の上から銃を持ち、銃口を側頭部のアイスピックを抜いた痕にあてがう。
引き金を引く。
弾は気の抜けた音とともに頭蓋骨を貫通し、サイドウィンドウを脳漿と血で染めながら割っていった。

「これが左ハンドルのクルマを用意した理由だ。楽に仕事ができる。」
耳栓を外しながら静まり返った車内で静まり返った奴に話しかける。

「君のボスからは、君を“好きに使っていい”って言われてるんだ。
私の身代りにもなってもらう事も含めてね。」

手袋を外し、ブリーフケースから新しい手袋を取り出し嵌める。
メインの仕事をこなすことは比較的簡単。
それよりも私の痕跡を完全に消すこと、誰かを完全に身代わりに仕立てることを
こんなことの積み重ねで限りなく100%に近づけることが私の仕事の大半なのだ。

ドアを開け、クルマを降りる。

「そして、私はタバコのポイ捨てが嫌いなだけなんだ。さっきは御託を並べて悪かった。」

私は返事が無いのを確かめて、静かにドアを閉めた。
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by curtis_01 | 2008-11-01 01:42 | 徒然草
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